------- 06 : 楓
秋が廻るたび、飽きもせず楓は赤に染まる。
そしてあいつに会うたびに、飽くことなく染まるこの思いは。
ひらりと目の前に舞い込んできたのは、紅く染まった楓。
「何だ?」
ぱしりとそれを捕らえて上げられた声は、男性というにはやや高い少年のそれ。
声の主――日番谷冬獅郎は、隊室に向かい歩いていた足を止めた。今しがた掴んだ楓の葉を、しげしげと眺め首を傾げる。
「……もう紅葉の時期か?」
確かに真夏と呼べる時期は過ぎ、暑さは和らいでいるが。先ほどまで見ていた風景はまだ青さを残していたはず、と眉間に皺を寄せて廊下に面した庭の方に目を向ければ、案の定そこには青々と茂る楓の樹があった。新緑の頃に比べれば緑の鮮やかさは劣り、ちらほら緑色の抜けつつあるものもあるが、紅葉と言うには程遠い。しかし他の場所から舞い込んでいるとは、場所柄、風向きからも考えにくい。
「これ一つだけって事か? 気がはえーヤツだな」
珍しいこともあるものだと指で摘み見る。さっさと捨てようかとも思ったものの、初物であるなら縁起物かと思い直して手に乗せる。
それに、雛森にでも見せれば綺麗だと喜ぶかもしれない。その光景が容易く思い浮かび、頬を緩める。
手の平で遊ばせれば、唐突に風が吹きその手を離れ浮かび上がる。
「おっと」
慌てて手を伸ばし再び指に捕らえ。とっさに踏み出した先、見慣れた松葉色の団子頭を庭を挟んだ向こう側に見つける。それは今しがた見せようかと思っていた雛森のものに違いなく。
何か探しものでもしているのか、困ったようにうろうろとしている姿を見、丁度いい、と足を向ける。
「雛も……」
呼びけた名は、雛森の笑顔とその向ける相手が遠い視界の中で翻った瞬間、パタパタと廊下をかける音に掻き消された。
「藍染隊長!」
所在なさげに曇っていた表情が、ぱっと晴れやかなものに変わる。
呼ばれた藍染は常のように穏やかな笑みを浮かべているのだろう。それは確認ですらない、確信。
微風に煽られふわりと浮いた楓の葉を、無意識に強く握る。緩みどこか浮ついていた琴線が、固まり凍りついたように鋭く刺した。
遠く、会話までは聞き取れないものの、この上もなく嬉しそうに微かに頬すら染めて笑顔を浮かべる雛森の姿。自分に向けられる姿と、その感情の違いをまざまざと見せつけられたようで、ぎしりと音を立てるように胸の奥が軋んだ。そして同時に、そうしてしまう痛みの事実に歯噛みする。
叶わぬ思いと、見守るだけの想いだと、幾度も決めたはずだった。だが、飽きもせず繰り返しそれは色付き、その度に何度でも苦く苦しくこの胸を締め付ける。
それを重症だと笑い飛ばしてしまうには、想う気持ちはあまりにも強すぎて。
だが、自らの望むままに求めてしまうには、あまりに重い……何よりも、その幸せを願うがゆえに。
難儀なものだと分かりながら、気持ちだけが空回り、堂々巡りを続ける。
目を閉じ、その光景から逃れるように今一度庭を見る。色付き始めようとする木々
そして、早々に色付いた楓、その一葉。
「……不毛だな。お前も……」
誰に気付かれる事なく、色付き、そして人知れず散った、その楓。
なぜ、自分の目の前を舞い落ちたのかなど、思い馳せ、苦く笑う。
「……俺も」
口をついた言葉と共に、早々に色付いた楓を手放し歩み去る。気配も、姿さえも残さず瞬く間に。
ひらりと一葉、気の早い紅葉が足跡のようにその場に残った。
-------------------------------------------
裏タイトル『秋も来ず楓染まる・飽きも来ず変えで染まる』。
こういう言葉遊びというか掛け言葉(?)が好きなのです。
2004/10/08 初出 【出雲 奏司】