------- 08 : からめた小指
小指だけの約束で安堵を覚える時期は、とうの昔に過ぎてしまっていた。
「……珍しいな」
落とされた言葉に、細い肩がぴくりと揺れる。なに……が? と微かに絡んだ声が返り、日番谷は一度息を吐いた。
「お前から言ってくること」
素肌を外気に晒した箇所に息が当たったからか、それとも言葉にか。今度は全身を震わせ、同時に朱に染め上げる。
ほの暗い中で普段は死覇装に隠された肌が、青白い月の光に浮き上がっているのに視線を滑らせて。
「……なにかあったのか?」
「…………」
問う声には答えずに、雛森はぎゅっと日番谷と絡めた手に力込めた。
「……?」
ふっと、いぶかしむ様に顰められた翠緑の視線の先で、黒髪が微かに揺れる。伏せられた顔はその帳に隠され、表情までは伺えない。
空いた手で顔を引き寄せようと伸ばしかけたところで、再び漆黒の帳が揺れた。
「……………の…」
届けられた言の葉はあまりに微少。一度止めた手をそのまま進め、障害となっていた帳を上げた。紗を失い現れた濡れた瞳に、何が言いたいのか、と眼力だけで無言の圧力を加える。
「……夢を……」
音の無い争いに折れたのは、桜に濡れた唇。続きを催促する鋭さに、素直に従いたどたどしく音を紡ぐ。
「夢を、見た……の」
「どんな?」
「いなくなる……夢」
隠された主語は言わずとも知れた。口にした不吉に震える声と瞳に、嘆息する。
「見てのとーりここにいるだろ」
勝手に殺すな、行方不明にするな。毒づく声が聞こえているのかいないのか。一度堰を切った言葉は、促さずともぽろぽろと零れ落ちてきた。
「で、も……ほんとに……本当に、いな、かっ、思って……怖、ぅて……っ」
嗚咽の混じり始めた呟きは隔絶を悪くし、比例して面を下げさせる。だが、日番谷は敢えて顔を上げる事もさせず雛森のするに任せた。消えた言葉の続きは言わずとも知れた。
「確かめずにはいられなかった……ってことなんだろ。夢に振り回されんな」
ごめんね、ごめんね――滑る言葉は聞こえずとも、嗚咽がそれを伝えてくる。「いい」とだけ短く告げると、再びぎゅっと手が握られた。
握られた手は小指だけ不自然に絡められ、違和感を与える。おそらくは、無意識の産物なのだろう。
小指だけの約束で安堵を覚える時期は、とうの昔に過ぎてしまった。そのことに気付いたのなら、手を握ればいい。それでも足りないならば、気の済むまで存在を刻み付ければいい。
――たとえ、それが一時凌ぎの充足であるのだとしても。
同御題のCのイラストを見て即興短文。もう何もいわないで下さい。
2005/01/23 初出 【出雲 奏司】