「ひ、日番谷くん」
「おう雛森か」
今、一番会いたくない人に真正面で会ってしまって、あたしは少しだけ顔が強張るのを感じた。
------- 差し出す
任務中、少しだけドジをして傷を負ってしまった。
といっても、戦闘による切り傷ではなくて、なんてことは無い、それは只の擦り傷。ただ、怪我をした箇所は日常生活でどうしてもよく使わなければならない手や腕で、ちょっとしたことをするにも痛む。
大したものじゃないから、耐えられないわけではないんだけど痛いものは痛くて。患部に触れたりするたびに悲鳴を上げてしまうのを何度繰り返したことか。
いつもなら常備している傷薬を使うのだけれど、運悪く切らしてしまっていて。それなら救護班である四番隊の人にお願いしようかと思ったけれど、最近あった討伐令の負傷者でそんなことを頼むのが申し訳ないほどの大童。
結局、あまりよくないとは思いつつも、回りには気付かれないように痛みを堪えつつ日常業務をこなしていた。
そんなわけでどんなに隠していても、何故かばれてしまう事の多い日番谷くんには今一番会いたくなかったのだけれど――
どうしても震えてしまいそうになる声を何とか落ち着けて。不自然に見えないようにいつもどおりに笑ってみる。
「五番隊のほうに来るって珍しいね? こっちに用があるの?」
「おお。ちょっと藍染に用があってな。……おまえ――」
ふっと言葉がとぎれて。心なしかいつも決して穏やかとは言えない目が、何かを見透かすように鋭くなった気がして、あたしは慌てて会話を切り上げることにした。
「あ、あのごめんね。あたし急いでいかなきゃいけないから……」
気付かれる前に、と急ぐ振りをしてそのまま通り過ぎようとして。
あたしは碧の眼が鋭くなるのに気付けなかった。何気なくすれ違おうとした左腕の患部に極近い部分を、強い力で引かれる。
「痛っ!」
思わずこぼれた悲鳴を誤魔化すように慌てて口を塞ぐけど、間に合うはずも無く。
「……やっぱりか」
掴まれた部分はそのままで。恐る恐る目を落とした先には、いつも以上に傾斜のきつくなった鋭い眼と、深く刻まれた眉間のしわ。
「怪我してるんならとっとと救護班に治してもらいに行け」
「……今四番隊の人たち全員、大掛かりな討伐令の怪我の人の治療にかかりっきりだから、申し訳なくて……」
それに、擦り傷程度だし。なんでもないようににこっと笑って済ませようとするけれど、それで聞き入れてくれるような相手じゃない。
思ったとおり、不機嫌な霊圧も表情も隠しもせず、まるで針みたいに痛い視線が下から射してくる。
「さっきとっさに傷庇おうとしてただろ。多少の傷だろうが庇う癖がつくんなら十分だ。一度ついた癖が抜けにくいのも、それが危険だってのも分かってんだろ」
それは分かってる。今も無意識のうちに痛みを避けて体が動いてしまうからか、普段以上に体に負担がかかって疲れが溜まっている気がする。それだけじゃなく、もし一瞬の行動が命取りになる戦闘時にその癖が抜けずにいたら、その被害の方が余りある。
答えられずに黙り込んだのを同意と見たのか、日番谷くんはぱっと腕から手を離して言う。
「わかったら治しに行け。それいやなら当分休みだな」
「そ、そんなの駄目だよ!」
あたしは副官で、そんな簡単に休んでいいような立場でもないし、したくもない。
それでも、擦り傷程度であんなに疲れきっている人たちにお願いするのは、あまりにも申し訳なくて。
唇を噛んで俯くと、呆れたような溜息の音。それとほぼ同時に目の前に何かが放られて、反射的にあたしはそれを捕まえた。急に動かしたせいで、少しだけだけど傷口が痛みにうずく。
「だったらそれ使っとけ」
言うだけ言うと、後も見ずにさっさと向こうに日番谷くんは行ってしまう。
きょとんとしてさっき自分が捕まえたものを見てみると、それは軟膏――恐らくはあたしが丁度切らしていたものと同じ傷薬で。
「ま、待ってひつ……わぁっ!」
追いかけようとしたところで、まるで手の中の書類をさらうように強い風がやってくる。飛んで行きそうになる書類を慌てて押さえながら抱え込んで。
反射的に閉じてしまった目を開けた時には、追いかけようとしていた姿はそこにはなくなっていた。手の中には、何とか飛ばさずに済んだ書類と、さっき渡された傷薬。
「いっちゃった……」
乱れてしまった髪を直すのも忘れて呟く。
「お礼ぐらい、言わせて欲しかったのに」
いつもいつも馬鹿にしたように文句をいって、でも何も言わずに助けてくれている。そしてあたしのこと心配してくれていて。
気遣ってもらわなきゃいけないくらいに頼りない自分自身に、情けなさと申し訳なさばかりが心の中で渦を巻く。でもやっぱりそれ以上に嬉しい、と思う気持ちもあって。現金な自分に自分で苦笑する。
「……しっかりしなきゃ」
緩みそうになる表情をひきしめて、真っ直ぐ前を見る。
次会ったらきちんと同じ薬を四番隊の人に分けてもらって、日番谷くんに返そう。そしてその時にちゃんとお礼も言うんだ。
そう決めたら心がすっと軽くなって。
今はまだ少し痛む傷を意識しながら、あたしは小走りに自室へ向かった。
自分が派手に自転車ですっ転んだので、文字通り『転んでも只で起きるかコンチクショウ』というわけで怪我ネタ(笑)
実際軽い怪我でも、よく使う部位に怪我してしまうと性質悪いです。運動系の部活でよく『傷庇う癖ついたらいけないから怪我治ってからじゃないと練習させない』って言うの分かりますよ。私もおかげさまで普段使わない筋肉の使い方して微妙な筋肉痛(軟弱な)
というか、雛森さん『隠しても気付かれる』と分かってるならもうちょっと彼の片思いにも気付いてあげて下さい(笑)そして投げ渡した軟膏は、怪我している桃に気付いて日番谷が予め用意していたのに一票(何)
2004/07/18 初出 【出雲 奏司】
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