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 いつでもどこでも寝られるというのは、雛森の特徴の一つである。
 その日も茶を飲むために訪れていたはずの雛森は、訪問先である日番谷の前で気持ちよさそうに熟睡していた。
「おい、いいかげん起きやがれ」
 対応する方も長年の付き合い。手馴れたものでぺしぺしと軽く頬を叩いて起こす。日番谷としてはあまり認めたくはないが、まあいつもの光景である。
 促されうっすらと目を開けた雛森は、日番谷の姿を見てふわりと微笑んだ。
 すんなりと起きたかと思った……が。
「あー……シロちゃんだあ」
「……は?」

 ごく稀に、酷く寝ぼける事もある。



------- 寝ぼけ


 もうざっと数十年は呼ばれてない名に、日番谷は当然ながらぎょっと目を剥いた。
 落ち着いてとりあえず深呼吸をして状況を把握する。
「……なに寝惚けてんだよオマエ」
 動揺を辛うじて表に出すのは押し留めて、呆れたように言ってみせる。ふにゃりと幸せそうに笑う表情も、桜色の唇から飛び出す言葉も、全部揃えば全くもって心臓に悪い。悪すぎる。
 性質の悪さに思わず苦虫を噛み潰したような表情になる日番谷をよそに、そうさせた当人は再びコトリと首を落として寝息を立て始める。

 ……どうすんだよコイツ。

 とは思いつつ、とりあえず完全に目を覚まさせようと日番谷は判断して、再度起こしに掛かる。
「おーきーろっての」
「やーあーだー」
 ゆさゆさと今度は強めに肩を揺らすと、むずがるように頑なに目を閉じて起きようとしない。いつもならばこのあたりで完全に目が覚めて、慌てるか謝り倒すパターンになるはずなのだが。ぱっと揺する手を離せば、何事もなかったようにすぐに穏やかな寝息がたてられる。
 額に手を当て、日番谷は一つの事実に大きく溜息をついた。

 ……コイツ、完全に昔に戻ってやがる……!

 低血圧な日番谷とは違う意味で、雛森は寝起きが悪かった。正確には、本当の意味で目が覚めるまでが長い。なまじ言動そのものはしっかりしているだけに性質が悪い。最近では、殆どなくなっていたはずだったのだが。
 いつもの方法では駄目だろうと悟り、違う方向から攻めてみることにする。
「……雛森副隊長」
 案外、副隊長という立場を思い出して目が覚めないかと呼んでみる。
 ……が。
「シロちゃん、隊長さんごっこは後でねー……」

  何が隊長さんごっこだ。んなことガキの頃でもしたこともねえっての。
 
 見事なまでの空振りに終わり、三度目雛森の首は落ちる。
 仏の顔も三度まで。とうとう日番谷の忍耐も限界を迎え、眉間の皺の深さも頂点に達する。すうっと思いっきり息を吸い込んで。
「いいかげん起きろって言ってんだろーがっ!」
「シロちゃんうるさいー……」
 耳元での大きい声は流石に応えたのか、雛森は目をごしごしと擦る仕草をしてむくりと起き上がる。しかし目はまだ濁ったままで、完全に寝ぼけた状態が続いている。
 暫くぼーと日番谷の方を見て。眠気だけが漂っていた表情の中に、唐突に笑みの成分が含まれる。
「あー」
「……今度はなんだよ」
 宥めすかそうが、大声を出そうが無駄。最早時間に任せるしかないと半ば投げやりで応じて振り返れば、いつの間にか少しでも動こうものなら互いの髪が顔に触れそうな距離まで近づいていて。
「シロちゃん寝癖ついてるー」
 どうやら記憶まで昔のものが基準になっているらしい。
 日番谷が絶句すると、くすくすと笑いながら、雛森はその至近距離から更に、昔と違い立てられている白銀の髪に向かって手を伸ばす。あまりに近すぎて対応の仕様もなく、日番谷はその場に固まるばかり。
「駄目だよお、ちゃんと直さなきゃ」
 寝起きと寝ボケでやや掠れて間延びした声。それと一緒に掛かる吐息はどうしてくれよう。意識すらされていない事は百も承知なだけに性質が悪すぎる。自然、声も不機嫌なものになるのは避けようもないことで。。
「あのなあ」
「……いや?」
 剣呑な表情にも動じず、雛森は首を左斜め45度に傾けて、中途半端に伸ばしかけていた腕をぱたりと日番谷の肩に乗せる。
 いや、『寝癖を直すのがいや』とかそういう問題よりもむしろ。
 
 頼むからこういう体勢で寝ぼけ眼で首傾げるとかするな。
 
 そんな日番谷の心の声が雛森に聞こえるはずもなく、また日番谷も言っても無駄な事を言うほどの気力も体力もなく。さりげなく視線を明後日に向けながら、溜息と共に一つ。
「だから寝癖じゃねえっての。ていうかとっとと起きろ」
「……ん、そうだねえ」
 何が分かっているのか分かっていないのか。妙に嬉しそうに雛森は笑って続けた。
「この髪形のほうがシロちゃん格好いいねえ」
 ぎゅっと、肩に乗せていた腕を日番谷の首に回し、ふふと笑って。やがて、柔らかな笑い声は、穏やかな寝息に摩り替わる。
 寝息の響く空間の中、かちんこちんに固まった日番谷が取り残される。
「どーいう体勢で寝やがるんだよアホ桃……」

 つーかなんだよその台詞。天然で言うにも程があるだろ。

 ぶつぶつと悪態をついてみるものの、暫く起こせそうもないと観念する。
 少なくとも、不覚にも顔に残った火照りと朱色が収まるまでは。 
 日番谷が首に回された腕を外せず、そんな状況で起こす困難さに更に頭を悩ませることになるのはもう暫くしてからとなった






 猛烈に眠い時にネームきって、眠い時に書いて仕上げ……(まともに書けよ)
 振り回され雛森書いたので、今度は日番谷の番。でもほのぼのです(笑)天然ボケ少女と純情少年って可愛くて好きだなぁ

2004/08/03 初出  【出雲 奏司】

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