昔から、ずっと雪は嫌いだった。
凍てついた白銀の中で、全てを終わらせる為に眠りに付いたあの時から。
------- 雪〔シロ〕
「雪は嫌い?」
雪が降ったとはしゃいで俺を連れ出した桃は、俺がいつも以上にしかめっ面をしているのを見て首をかしげた。
子供は雪が好きだと、誰が決めたんだ。死の間際の最後の記憶を埋めるそれを、何度見ても好きになどなれるはずがない。
「……冷たいからキライだ」
全てを不条理に覆い隠し、なかったことにしてしまう。その冷気で全てのものを静かにしてしまうそれは、キライだ。
キライだという言葉を聞いて、「あたしは好きなんだけどなぁ」と、桃は少し困ったように笑って。
じゃあ、と桃は手を重ねて雪を持たせた。
「ほら、こうしたらいつもより温かいよ」
手の中の雪はふわふわして少し冷たい。でも、重ねた手はいつもよりも温かで。
ね、と笑う傍から、ふわりと春が訪れる。
それでも認めるのが悔しくて、そっぽを向いて。
「雪で手が冷たくなったからだろ」
「もー! シロちゃんかわいくなーい!」
そういう子にはこうしちゃうもんね。そう言って桃は後ろから抱え込むように抱きしめてきて、そのまま真っ白な雪の原に二人してつっこんだ。
「嫌いだって言ってんだろ!! 放せっ、バカ桃!
「駄目ー! シロちゃんだけ皆と一緒に遊ばないのは許しませーん!」
じたばたと暴れる俺を押さえつけて、ころころと笑う。重みで沈んで固められていく雪が、しゃらりしゃらりと軽い音を鳴らす。
どうしてか、大嫌いだと思っていた冷たい雪に倒れこむのも、降り積もるのも気にならない。
温もりと共に届けられる雪もあるのだと。初めて雪が温かいと思った。
それから幾度も、雪は降り。
その度に俺は顔を顰め、桃はそれに構わず雪原に連れ出す。
雪に対する嫌悪は変わらないままだったが、それでも嬉しそうに騒ぎ立てる声と共にある雪は、幾分か心地よくも思えるから不思議だった。
ずっとこれが続くなら、もしかしたら好きになれるときも来るのではないだろうかと。
そう錯覚しそうになった頃、「そうではない時」は唐突に訪れた。
「シロっ」
桃が死神の学校に行ってから、初めての冬。
周囲に雪が積もりつつある中を、心配して呼び止める声も聞かず外に出た。
音も無く、体の上にも降り続ける雪を気にせず、降り積もった雪に手をさらす。
「冷てえ……」
“ほら、こうしたらいつもより温かいよ”
「どこが温かいんだよ」
――白い息を弾ませて、笑う声はなく。
「ウソツキ桃」
――何度嫌がっても強制的に後ろから抱きつく腕はなく。
「『温かい』って言ってただろうが」
――背から伝わる、そして共有する温もりも、ない。
「違うなら今すぐ戻ってそう言えよ」
答えるのは記憶の中に降り積もった、過去と言う名の残骸ばかりで。
はね返りもせず、ただ静かに降り下りて。しかし確実にその重みを増す。
しんしんとただ降り積もる雪と共に、ゆき先のない言葉も降り積もる。
空気みたいに軽いふりをして、確実に重さを積み上げて。積もる場所を圧し潰す。
真っ白なくせに、掬い上げても掬い上げても、桃の姿がない記憶がない。
煩わしい、冷たいばかりの雪と記憶。押し潰されそうなたくさんなもの。
「………………かよ」
背後で雪摺りの音がするのとそれは同時。
身体にうっすらと積もった雪が、無造作に振り払われる。
「誰が戻ってくるまで大人しく待つかよ」
重みを煩わしく思うならば振り払う。
温もりを欲するなら、その場所まで駆け上がる。
傷つけるほどの鋭さならば打ち砕く。
「――――」
吐き出す息は白く染まり、見上げる高き壁の向こうに、温もりの所在を確かに示す。
冷たさばかりのその中でも、温もりはまだ失われていないから。
与えられるのを待つのではなく、今度は自分で手に入れる
雪解けは春を待ち。春は雪解けを呼び。花咲く大地に恵みを与える。
my設定なのですが、ここではシロちゃんは雪山に捨てられて死んだ子ってことで(詳しくは祭所のお題の「おはよう」参照)
『日雛拾五題』に流用しようかと迷ってUPしてなかったのもあるのですが、実は未完だというのもあったり。多分16巻に載るであろう回のネタバレがでたら、これ関連で続き(?)書きたいです。
背景にあるCのイラストからイメージ。元絵はこちらですv2004/06/15 初出 【出雲 奏司】